大判例

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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)10214号 判決

原告

松下あさ子

右訴訟代理人弁護士

国府泰道

吉田肇

右訴訟復代理人弁護士

三木俊博

被告

株式会社ニューライフ

右代表者代表取締役

市原敏子

被告

市原敏子

右被告ら訴訟代理人弁護士

山本淳夫

鷹喜由美子

岡崎隆彦

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、金二七四万六〇〇〇円及びこれに対する平成元年一二月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者等

(1) 被告株式会社ニューライフ(以下、被告会社という)は、消費者向け月刊誌ニューライフ(創刊昭和二九年三月―以下、本誌という)を発刊している従業員八名の会社である。

被告市原敏子(以下、被告市原という)は、被告会社の代表取締役である。

(2) 原告は、出版の仕事に従事する希望を有していたことから、昭和六三年五月二〇日被告会社に入社し、平成元年一〇月二〇日被告会社から解雇予告手当を支給されて解雇されるまでの間、もっぱら被告会社において営業の仕事を行っていた。

2  被告会社の業務実態

(1) 本誌の記事内容は、地方自治体の消費生活センター及び企業等が発行する広報誌の転載、特定の執筆者による連載記事、広告掲載企業向けの対談であり、もっぱら消費者向けの記事を掲載している。

(2) 本誌の広告掲載料は、一号につき以下のとおりである。

〈1〉 表紙裏の頁 九〇万円

〈2〉 裏表紙の裏の頁 八〇万円

〈3〉 裏表紙 一二〇万円

〈4〉 表紙の次の頁 九〇万円

〈5〉 目次の次の頁 九〇万円

〈6〉 本文中 七五万円

〈7〉 見開き 一五〇万円

(3) 被告会社における本誌の発行部数は月間約二〇〇〇部である。その内訳は、書籍取次店を通じて書店に卸すのは約二〇〇部、企業等へ直接販売するのが一五〇部前後、無償で配付しているのが約二六〇部であり、残る約一四〇〇部は被告会社に積み残され、広告の勧誘の際に見本として利用されるものを除く約一〇〇〇部が廃棄されている。そして、被告会社は、時に直接購読の申込があっても、申込者に対し、書店で購入するよう返答するよう従業員に指示し、また、取次店との関係で売上実績を確保するため自らの費用で書店から毎月五〇部を購入している。

(4) 被告会社は、本誌の発行部数及びその販売実態が右のようなものであるにもかかわらず、従業員をして、広告掲載企業に対し、その発行部数を二四万五〇〇〇部と説明させて前記のごとき高額の広告料を騙取し、また、企業からの広告を取りやすくするために、従業員に対し、本誌が元々消費者団体の機関誌として出発し、社長自身が右団体と強いつながりがある旨を説明するよう指示している。

3  被告らの責任

(1) 被告会社の責任

労働者は、雇用契約を締結した使用者に対し、適法かつ適正で労働者が生きがいをもって働ける場を提供するよう請求できる権利(これが就労請求権の中身である)を有している。したがって、本件においても、被告会社は、雇用契約上、使用者として、原告に対し、原告が生きがいをもって働くに足りる適法で適正な職場を提供する債務を負う。これにもかかわらず、被告会社は、原告をして、前記2(3)及び(4)で述べたごとき詐欺まがいの違法な業務に従事させ、原告の前記権利を侵害し、同人に対し後記損害を与えた。

(2) 被告市原の責任

被告市原は、被告会社の代表取締役として、被告の前記違法な業務を推進し、原告をして前記違法な業務に従事させることにより、原告の前記権利を侵害し、同人に対し後記損害を与えた。

なお、前述した被告会社に債務不履行責任を生じさせる事実は、同時に不法行為責任を構成する事実でもあるので、被告会社と被告市原が原告に対し負担する債務は不真正連帯債務となる。

4  損害

(1) 慰謝料 金一八〇万円

原告は、編集の仕事がしたかったことから新聞の求人広告(広告には仕事の内容は編集業務となっていた)を見て被告会社に入社した。しかし、被告会社において原告が担当させられた業務は営業(広告取り)であり、しかもその実態は前述したように詐欺まがいのものであった。原告は、平成元年五月ころ被告会社の右営業実態を知り、それ以後は友人にも自分の仕事を誇りをもって語ることができなくなり、転職先も容易に見つからないことから被告会社を退職することもできず、思い悩み続け、労働者としての自尊心、名誉を著しく傷つけられた。原告がこれにより蒙った精神的苦痛に対する慰謝料は、金一八〇万円(月額金一〇万円で在職期間一八か月)を下らない。

(2) 歩合給の喪失 金五一万六〇〇〇円

被告会社では、原告のような営業担当職員には歩合給を支払っており、その反面としてボーナスは年一回しか支給されなかった。原告は、被告会社の業務内容が適法かつ適正なものであれば、相応の歩合給を得られたはずであり、現に、平成元年五月に原告が被告会社の業務が違法、不当なものであることを認識する以前は、一か月平均で金八万六〇〇〇円の歩合給を得ていた。ところが、前記のとおり被告会社の業務実態を知った同月以降は、仕事に身が入らなくなり歩合給を得ることができなかった。

したがって、被告会社が原告に対し適法かつ適正な職場を提供しなかったことにより、原告が得られなかった歩合給の額は、右時から退職時までの六か月間で金五一万六〇〇〇円(8万6000円×6=51万6000円)となる。

(3) 弁護士費用 金四三万円

原告は、本訴の提起、追行を原告訴訟代理人に委任した。右費用は、大阪弁護士会報酬規定を基準とすると金四三万円となる。

5  よって、原告は、被告会社に対し債務不履行に基づく損害賠償として、被告市原に対し不法行為に基づく損害賠償として、金二七四万六〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成元年一二月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、(1)及び(2)の事実は認め、(3)及び(4)の事実は否認する。

被告会社は、本誌を各消費者団体を通じて販売している。本誌の発行部数は必ずしも毎月一定するものではなく、また、出版業界の常として、発行見込部数として公表するのはあくまで概数である。仮に、公表した発行部数がある時期の現実の販売部数と相違することをもって、掲載した広告についての広告料を騙取しているとするなら、出版業界のほとんどが「違法かつ不当な業務」を行っているとの非常識な結論となる。

3  同3及び4の事実は否認する。

原告は、勤務状態が悪く、被告会社において何度も改善を促したが一向に改める様子がみられないため、やむなく解雇予告手当を支払って解雇したものである。

仮に、原告が主張するように、被告会社の営業実態が自分に向かず、被告会社に勤務していることができないと思ったのであれば、被告会社から勧告される前に原告自らが退職を申し出たはずである。しかし、原告は、被告市原から何度も呼び出され注意を受け仕事を続ける気持ちがあるかどうかを問いただされた際にも、そのような申立をすることはなく、退職を申し出ることもなかった。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1及び2(1)、(2)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  原告は、被告会社が本誌の発行部数を偽って広告を取るといった詐欺まがいの業務を行っていたとし、原告を雇用して右業務に従事させた被告会社及び被告市原は、債務不履行及び不法行為責任に基づき、原告が蒙った損害(すなわち右業務に従事したことにより蒙った精神的苦痛に対する慰謝料及び右業務が違法であったことにより喪失した歩合給相当額)を賠償する義務がある旨を主張する。そこで、仮に、被告会社の業務が原告が主張する如きものであったとしたら、被告会社及び被告市原に、原告が蒙ったとする損害を賠償する責任があるか否かにつき判断する。

1  被告会社に対する請求について

原告は、被告会社には、使用者として、労働者たる原告に対し、原告が生きがいをもって働くに足りる適法で適正な職場を提供する義務があると主張する。

何人も他人に対し違法行為を命ずることはできないのであるから、雇用契約により労務指揮権を有するに至った使用者であっても、労働者が提供する労働力を違法な営業活動のために利用することができないのは当然であるから、使用者は、労働者に対しその退職の自由を侵害してまで違法な業務に従事することを命ずることはできず、また、労働者が右命令に従わなかった場合においても、このことを理由に労働者に不利益を課すことはできない。

したがって、使用者の行っている業務が違法と評価される場合において、使用者が労働者に負っている義務とは、労働者が右業務から離脱する自由を侵害しないこと及び労働者が右業務に従わなかった場合においてもこれを理由に不利益を課さないことであると解するのが相当である。原告の前記主張は、この限度で首肯できる。

そこで、本件において、被告会社に右義務に違反した事実があったか否かにつき考えるに、原告本人尋問の結果によれば、原告は、平成元年五月に被告会社の業務実態を認識した以後においても被告会社から命ぜられた業務を積極的に拒否することも、退職を申し出ることもせず、漫然と被告会社に出社して給与の支払を受けていたこと、その間、被告会社あるいは被告市原から原告が主張する違法な業務である企業からの広告取りの仕事を強制されたことはなく、現に同月以降原告は広告を一件も取ることはなかったこと、同年一〇月二〇日に解雇予告手当の支給を受けて解雇されたが、右解雇自体原告の意に反するものではなかったことが認められ、右事実によれば、本件において、被告会社に前記意味での義務違反があったと認めることはできない。

なお、原告が平成元年四月まで取得していた歩合給をその後広告取りをしなくなったことにより得られなくなった(この事実は原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によって認められる)点については、右結果が、原告が歩合給を発生させる根拠たる業務を行わなかったことにより生じたものにすぎないことからして、これをもって被告会社が原告が違法な業務を拒否したことに対し課した不利益と認めることはできない。

したがって、原告の被告会社に対する請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

2  被告市原に対する請求について

原告の被告会社に対する請求が失当であることは前判示のとおりであり、被告市原につき、被告会社の代表取締役としてその業務を遂行したこと(この事実は当事者間に争いがない)を越えて原告に対し不法行為を行ったと認める足りる証拠はない。

したがって、原告の被告市原に対する請求も、また、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

三  以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野々上友之)

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